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ノンビリ屋?
2008/10/30(Thu)

仕事にいっているときは大体7時半前後に家を出ていました。

5:30過ぎ……起床。
6:00過ぎ……朝刊を読み終える。
6:30過ぎ……仕度して朝食を終える。
7:00過ぎ……珈琲飲んで、着替え、布団上げ、洗顔、歯磨き、トイレを終える。
7:20過ぎ……持ち物や戸締りその他の確認を済ませて出勤。

シャワーするのが朝になってしまったときは、新聞読む暇がそっくりそのままなくなります。
あるいは寝坊したときも新聞読むのが夜になります。

……朝起きてから、新聞読んで家を出るまでが約1時間半、読まなければ凡そ1時間なのですが……
私のこのペースはゆっくりしている方なんでしょうか。  
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近況……
2008/10/30(Thu)
9月24日 …他支部農民組合の事務所を借りて、食農府民会議の拡大幹事会。
     7月のG8サミット対抗行動の報告(約1時間)を行なう。
9月29日 …肌寒い雨降りの中、今年度産米のコメ検査の見学のため能勢に行く。吐く息の白さに驚く。
10月13日…6月の日記で触れた「田植え交流会」の田んぼに今度は「稲刈り交流会」に行く。
     鎌で稲を刈るのは生まれて初めて。
10月20日…職場を解雇される。
10月23日…友だちと深夜の長電話。
10月24日…最後のお給料と解雇予告手当の受け取り及び仕事の引継ぎ、また、
     私物整理のため事務所に行く。
10月26日…労働組合の仲間と「収穫祭」に行く予定が雨でお流れ。
10月31日…浪人時代の友人と飲み会の予定。
……とりあえず、元気にしています(^^)

13日の稲刈りの様子、画像BBSにアップしました。


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夜行列車の思い出……
2008/10/30(Thu)

寂しいついでに、失われたものを惜しんでもう1題。
先に「急行銀河」が姿を消して寂しい、と書いた記憶があるが、逆方向、つまり
東京発大阪方面行きの列車でも同じようなものはある。

近年では「ムーンライトながら」という愛称がつけられていたそうだ。

私の学生時代は、自治会活動などで、年何回かは関東方面へ行ったものだ。国会要請が多かったな。あとは
大会か。
交通費は自治会持ちかあるいはカンパだから、少しでも安い方法を選ばざるを得ない。
夜行バスは当時片道で9,000円前後だったし、新幹線も片道13,000円くらい。
普通電車で日付が変わるまで岐阜あたりまで行って、そこから東京4:42着の電車に乗る、というのが比較的多かったかな。で、山手線何週かする内に池袋の喫茶店が開く、と。
帰りは大抵、東京発23:30くらいの大垣行き。季節にもよるけど、2時間くらい前から並んでる人いるんだよね。保谷あたりで確か日付が変わり、そこからは青春18切符でOKだから、京都や大阪まで片道3,000円弱だった。
社会人になってからも、懐かしくて1回だけ乗ったことがある。確か94年のGW。そのときは東京駅のホームが工事中で品川発だったな。で、何を勘違いしたのか、出発時刻を1時間も間違えて、早めに着いてしまったんだよね。
往路は友人とだったんだけど、復路(箱根駅伝みたいだな(笑))はその連れが名古屋に用事があるんで別行動だったんさ。品川のホームに21:30頃着いて、1時間ほど雑誌読んで過そうと思っていたのに、列車が出るまで2時間もあると……まあ、大変だった、時間潰すのが。
実はその旅行中にやね、なぜかお金を落としてしまい、さらに当時は郵便局のATMもGW期間中全部止まっていて、にっちもさっちも行かなかったんだよね。だからどこか喫茶店とかレストランとか、あるいは銭湯とかにも行くことができなくて、せいぜいホームでボーっとするくらいしか能がなかったんだよなぁ……。

社会人になってからはなかなか東京方面へ行くことはないけれど、学生時代にはちょくちょく行ったな。
神田古書街を徘徊したこと、都立大前の急な坂を歩いたこと、赤門近くの旅館で寝るところがなくなって広い押入れの中で座布団に埋もれて寝たこと、新木場での人混みにビックリしたこと、京葉線まで時間がかかってビックリしたこと、麻布十番で居酒屋に入って枝豆がメニューにないのでガッカリしたこと、興銀のビルの高さに驚いてたこと、先述の池袋の喫茶店っていうのは、サンシャインビルB1のマザーグースという喫茶店のことで、そこでモーニング食べててさ、これでもか、これでもか、というほどパンを食べてたこと……。
今は付き合いのない父方の親戚が関東に住んでいて、父の兄が亡くなったとき、89年にも行ったかな、新幹線始発で八王子まで。でも少し遅刻しちまった。特別快速ってもっと早いと思ってたけど、1時間以上もかかるんだね、東京から。

少し手前だと、高校生のときに、トマホークが横須賀港に来るというので、反対集会に行ったりしたときは、有志でマイカーに分乗させてもらっての参加だった。海老名のSAから見た朝の富士山、綺麗だったな。早朝、みんなで白い息を吐いて、輪になって、平和の歌とか青春の歌とか歌ったな。なぜか山下公園でたこ焼き買おうとしたら、8つで400円もしてその値段の高いのにもビックリした。当時大阪では12個入りで200円が普通だったからね。

まだ小学校に入る前には、在来線で大阪まで帰って来たことがあったと思う。新幹線は開通していたんだけれども、おそらく私が嫌がったのだろう。

まあ、何かと便利だった夜行列車がまた1つ姿を消したことは、寂しくてならない。
新幹線や飛行機に乗らないで、ノンビリと旅を楽しみたい人々にとっては、楽しみが1つなくなることになるわけで……そうそう乗るチャンスがあるわけじゃないんだけれどさ、また復活……したら、いいんだけれどね。
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Qちゃんお疲れさんでした~♪
2008/10/30(Thu)

……といってもオバケのQ太郎じゃないよ(^^;←オヤジギャグ?!

長年に渡って観客を魅了し続けた、高橋尚子選手がとうとう引退とのこと……

もし身体的肉体的条件が許すのなら、また走って欲しかったな。
ちょっぴり……寂しいです。

台風が去った後のように、爽やかに……マラソン道を、走りぬけたって感じだね。

まあ、なにはともあれ、お疲れさまでした!!
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橋下知事の暴言
2008/10/30(Thu)

 橋下大阪府知事の暴言には呆れるものがある。
 言っても分からない子どもには体罰しても構わない……という趣旨のことを言った。
 学校教育法でも、いや、その施行規則だったかな、体罰は禁止されている。
 法律できちんと禁止されていることに真っ向から挑戦する発言、あるいは知らなかったとは言わせない。なぜなら、一応「弁護士」法曹界のはしくれなんだから。もし「知らなかった」なら不勉強も甚だしい。

 言っても分からないからといって安易に体罰を容認するのは、換言すれば子どもを人間扱いしていないのと同じだ。動物を調教するのと同じだ。
 体罰が行なわれてしまうと、教師と生徒・児童の間の信頼関係にはひびが入る。下手をすれば失われてしまうかもしれない。子どもの気持ちには恐怖心が植えつけられるだろう。
 子どもからすれば、教師は権力なのだ。成績表、という形で評価する、職場で言えば直近の上司と言い換えて差し支えないか…あるいは若干私の喩えには語弊があるかも知れない。その上司が部下に手を出したら、これは立派なパワハラである。夫が妻に、あるいは妻が夫に暴力をふるったら、権力関係の違いこそあれ、これはDVであろう。
 暴力は止めようという世論がこれだけ広まってきているというのに、その精神に真っ向から挑戦する橋下徹さんに、一度聞きたい。

 もしあなたの子どもたちが、学校や幼稚園で先生に殴られたら、どうしますか?と。

 「言っても分からないうちの子をよくぞ殴ってくれました。ありがとうございます。」と感謝の意を表明するんだろうな、当然この人なら(笑)。
 あるいは「多くの親」みたいに、やれ「体罰だ」と言って問題にするのか?
 いやいや、きっと彼の問題発言について、再考される絶好のチャンスだと思うんだけれどもな。
 ところでしかし、学校現場あるいは保育の現場で子どもに対する体罰が駄目な以上、私は橋下徹の子どもも体罰を受けてはならないと思うし、そもそも私が体罰禁止論者であるが故に、先の仮定自体が矛盾であることも百も承知だ。

 大体この人は教育問題については不勉強だし、教育委員会のことを罵倒して問題になったのにも驚いていたが……。教育委員会が良い悪いは別として、長年教育行政や財政に携ってきたわけでもない橋下知事が先輩方のことをクソ呼ばわりすることは全く言語道断である。それに長幼の序というものもあるだろう。マスコミは「風雲児」なんて持ち上げたりしたけれども、私に言わせたら…礼儀知らずで青二才の若者で、全く知事なんかの器じゃない。

 繰り返して、言う。
 体罰は、絶対にやっちゃ駄目だ。
 そこには教育の放棄しかない。
 人間としての子どもを、人間として信頼しよう。
 それが原点だと私は思う。

 

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