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ことばの向こう側……
2010/05/16(Sun)
OCNCafeという、少しSNSっぽいサイトをスタートして、ネットでの交流を始めてから3年半くらいが経った。

いっときYahooで恋愛小説みたいなものにチャレンジしたが、どこまで細密描写ができるかというトンデモナイ挑戦をしてしまったがゆえに、性交描写がリアルになり過ぎて、あえなく挫折……。

硬派な話題をブログで書き放つ目的で、再度YahooのIDを取得したが、現在は永遠の休業状態?!
記事だけは、今年の3月の僕の誕生日から始めたFC2(つまりここだね)に引越しさせた。

この3年半、本当に色々なことがあった。
世の中にも、僕自身にも。

仲良くなった方々で信頼できる方々とは、ときどき電話したり、あるいは賀状のやりとりなどして頂いたり、あるいはまた信頼のできる歌手の方から直接のCD購入経験も最近を含めて数回ある。

そのうちお一方は、この前オフ会でお話させて頂いた堀川ひとみさん。

他の方々にはまだお会いしていない。

またあるときは、ウン年前になるが……実際に会って話した人がたった1人だけどいる。1人ってのは、マスコミなどに登場されてない人で、という意味で。
この……会って話した人とは全く縁が切れてしまったのだが、今でも感謝の気持ちは忘れちゃいない。


ところで、ネットでの意思疎通の難しさは以前から感じてはいたのだが、そもそも人間の持つコミュニケーション手段としての「ことば」って、どこまで通じるんだろう。

この問題は以前Cafeでも日記にも書いたけど、そのときは僕は当事者認識をしていなかったので、今書き直せば少し違うものになるかもしれない。

でも、今は当事者と認識しているので、ことば、というものについて、当時とは少し別の気持ちを持っている。

勿論共通するものもある。
それは、ネットなどでやりとりするときには、その画面に表示されることばの向こう側には、1人ひとりの読み手がいる、ということだ。
当たり前といえば当たり前なんだが、ついついその辺を忘れそうになったりする。
ときとして自己満足の悦楽、あるいは自己陶酔の快感……に溺れそうになる……こともある。
だから発信したことばの受信側つまり相手がどう思うか、どう感じるか、そこら辺を僕はもっと深く考えられるようにならないといけないんだろうな。

勿論本当に「出来事」、事実の紹介だけならよいとしても、僕の場合はそこに自らの感情や僕なりの解釈を織り交ぜることも多いので、どうしても……考え方の違いのある方からすれば、少し不快に思われてしまう懸念はある。

でも、僕は僕の思っていることにできるだけ正直でありたい。
自分の考えに、あるいは気持ちに、できるだけ忠実でありたい。
社交辞令というか、社会的礼儀も時と場合によってはある程度は入れざるを得ないこともあるが、それは最近はできるだけ捨象するようにしている。
お世辞やおべんちゃらは端から嫌いだから使っていないし今後も使う気もない。

ネットでしかお付き合いのない方々だと、つまり日常的に会って話をする間柄でない方々だと、会ったときにネットでのやりとりをネタに会話するなんてことはなかなかできない。
だから、全コミュニケーションのおよそ1割~3割くらいと言われる、言語的な部分で、いかにして自らの気持ちや思いをより正確に伝えるか、ネット上で文章を綴るときには、傷つく人のできるだけ少ないように、イヤな思いをする人ができるだけ少ないように……そこそこ気を使っては……いるつもりだ、自分では。

僕なんか結構世の中全般や政治的社会的に過激な発言もしょっちゅうだから、簡単にサラサラと文章を書けるわけではない。この間亡くなられた井上ひさしさんではないが、僕は「超・遅筆堂」の部類だろう。

言語的でない部分……つまり、現実社会で面と向かっての会話の中では、この部分の占める割合が実に7割から9割くらいだそうだ。
となると、身振り手振りや身体表現、勿論それだけじゃない。アクセントや抑揚、ことばとことばの間、表情……いわば、体を使った表現、ということが大切になってくる。難しいことばで言えば、ノンバーバル・コミュニケーション……だったかな。

現実社会の友人知人なら、ネットなどで書いたことをネタにしやすい。
後で補足説明などしたり、また身体を交えた表現などで、よりスムースな意思疎通が後になって図れることもあるし、誤解が解けることもある。
この辺で、ある程度Cafeとは温度差のあることも考えて、主にハートネットの仲間たちとのやりとり用のブログもここに設けた。

現在のところ、主にコメ下さるのはその辺の方々が多いのだが、別にハートネット以外の方でも、また、発達障害の当事者や親御さん、支援に関わっている方以外でも書き込みは歓迎。

ところで、当事者のよくありがちな特性として、ダイレクトな言葉を直球で投げるときがある。
良く言えば素直なんだけど、悪く言えば、相手の気持ちを理解できない……のかも知れない。

勿論社会生活を営んでくる中で、当事者も社会性を身に付けてきているから、相手の傷つくようなことは言わない(書かない)という心構えができている方が大多数なんだが、ときおり、あまりにも率直過ぎて問題化したりする。
僕自身でも「あ、やばい」と感じて引っ込めることもちょくちょくある。

例えば、僕が何らかの書籍を出版したとする。で、ネットでどなたかがそれを購入したとする。
で、その買ってくれた人が読んでみて、面白くなかったとしよう。
で、さらにゴミ箱入りしたとする。

多くの人は、たとえ面白くなかったとしても、少しでも面白かったところを探し出して、その部分だけでも花を持たせるような書き方で感想を伝えようとするのではないだろうか、一種の礼儀として。少なくとも俺ならそうする。その辺は俺もある意味ズルイのかも知れない。
あるいは全くシカトしてしまうか。
ところで僕にとって面白くない本というのは実はない。

ところが……面白くなかったと伝えるだけなら良いのだが、さらにゴミ箱入りさせた事実まで作者に伝えたり……する人がいたとする。
普通ならそこで作者としてはショックを受け、あるいは「この人何なん?」ってカチンときて、場合によっては「もう売ったらん!」ともなるかも知れない。少なくともこの間までの俺ならそうだ。
でも……そこでちょっと立ち止まって、その人のそのことばの必然性について思いをめぐらすことが……できる人って少ないと思う。

「そこまで正直に、克明に書かないと気が済まないたちの人なんだろうな」と、その人の特性にまで踏み込んで考えられること。
本当は正直な感想を伝えてよいものかどうなのか……と、迷った挙句、ストレート過ぎるけれども、伝えたさを我慢できなかったその人の気持ち……。

その人のそれまでの成育歴や社会経験の中で、黙っておいて損をしたことが多かったのかも知れない……。
あるいは社交辞令を使うことが自己矛盾のようで許せなかったとか……。

また、次回はより多くの人たちの共感を得られる作品に仕上げよう、とか……自分にフィードバックさせるとか、あるいは、自分自身への応援メッセージとポジティブに解釈し、次回作への意欲へと繋げるとか……。

本当のところはその人に直接聞いてみないと分らないのだけれども、ことばという表現の向こうにあるものを考える、ということも……大いに必要なんだなと、僕も思う。

僕自身も、もう少し、ことばの「向こう側」が推し量れるように……なりたい。
想像力が少し足りないのは止むを得ないとしても、僕なりに「考える」ことは……できるはず。
つまり……一角から氷山を、なんてなかなか難しいけど、できるだけそうしたい、ってこと。
深読みをすることや言葉の裏意味を探ることとは少し……違うんだけど……ね。

追伸;誤解を避けるために補足しますが、僕が購入させて頂いた作品についてのレビューには社交辞令は書いていませんし、Cafeやブログでいつも書いていることは本音です。但し規約違反のない限り、ですが……。
ややこしい書き方してごめんなさい。
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サンデー毎日、オフ会、朝日新聞……
2010/05/12(Wed)
先週の金曜に、堀川ひとみさんから、発達障害当事者の先輩や仲間たちにオフ会のお誘いがあり、当事者会の前日、レンチャンになるけど京都に出かけた。

関東は武蔵小杉の駅前でストリートライブを行なっているシンガーソングライターで、発達障害の当事者で、代表取締役社長でもある……という沢山の肩書を持つ堀川ひとみさん。
堀川ひとみさんを囲んで、和やかに談笑し、楽しげなときを過させて頂いた。

僕が集合場所に着いたのは若干定刻より遅いめだったのだが、奥の方の座席から大きな身振り手振りで合図を出してくれはったのは……他でもない堀川ひとみさんだったので、ちょっとビックリ仰天しそうになった。

以前から何度もYouTubeなどで彼女のストリートライブやなまうたセラピーの様子は拝聴していたので直ぐに堀川さんだと分った^^

まだご存知のない方は是非ググって視聴してほしい。

最初にお茶しながらしばし語らい、ほどよくお腹も減ったところで食事……帰らはるまでの間、カラオケに繰り出した。
プロ歌手の方とカラオケ……なんてさぁ、一生できひんよね……。

メッサ貴重な体験だった。

いやいや、それだけじゃない。

関西と関東では若干地域性の違いもあるのかもしれないが、向こうでの啓蒙のこと、堀川さんの中にある発達障害に対する考え方……。

色々と聞かせて頂いて……大いにインスパイアされた。

いつも僕の考えていることとはまた違う視点……というか視座で取り組んではるのは、ある程度予想できたことだけど、実際に堀川さんご自身の言葉で聞かせて頂いたのは勿論初めてだったから……心に響いた。

うたの国……という概念も、咀嚼して話して頂いた。

俺は何の国だろう……。

そう簡単に答えが出てきそうにないし、一瞬でなんか出るはずもないのかも知れない。

でも、少しづつでも自分自身のイイトコサガス取り組みを進めていくなかで、俺自身がどこの国の何者か、つまり……言ってみれば俺のRe-Identityみたいなものが……みつかるかも知れないな……って、そう……思った。


ところで、サンデー毎日5月23日号(5月11日発売)の35ページに、堀川ひとみさんの記事が載っている。

あまり詳しく書くと、紙面の記事を読まずに満足してしまう人がいるかも知れないから、あえて詳細は書かない 

締めくくりに、某国営放送局の5分間番組に登場してほしい、と記者さんのコメント。
そうだね。言う通りだね。


そのオフ会の2日後の今週日曜、つまり9日の朝日新聞で見かけた記事で、興味深いものがあった。
全国の公立学校で、子どもたちの隠れ家なるスペースが作られている、というものだ。
オープンスペース型の学校に多いという。

僕が子どもの頃は、殆どの学校が学級ごとに仕切られていて、いわば、クローズドスペースだったけど、最近は壁を取っ払った形の学校も増えているようだ。

発達障害の有無に関わらず、子どもは感情のコントロールも大人ほどはできないので、しばしばパニックを起こす。発達の問題があれば尚更だ。家庭でも保護者からは色々といわれ、学校でも色々といわれ……持って行く場所のない、やり場のない感情とか憤り、鬱憤……などで、ストレスの限界値を超えて、爆発してしまうことも……まれではあるまい。

そういったときに、そっと……子どもたちが、自らのことを静かに振り返り、静かになれる場所……クールダウンのための空間……が、あればいいな、と、以前から思っていたのだが……少しづつ、そういった感じのスペースができつつあるようで、実に喜ばしいことだと僕は思っている。

勿論朝日の報道では、発達障害の子どもたち専用のスペースと報じてはいない。
だけどさ、そうでない子どもたちにとっても、こういった空間って、必要だよね??

大人だってそうだろ?喫煙室とか給湯室、休憩室なんかでホッと一息つきながら、ウザイ同僚とか上司や部下の愚痴を言ったりして気を紛らわしたり……してるよね、みんな。

大人でもそうなんだし、ましてストレス耐性の少ない子どもなら尚更そういったスペースが必要だと思うんだけど……。
僕らが子どもの頃とは世の中も変っているし、事情も違う。だからこそ、だ。

欲を言えば、パニックを起こしやすい子どもたち向けの「落ち着き部屋」なるものがもうひと部屋あるともっと良い。

以前はもう少し世の中全体がノンビリしていたのかな、パニックを起こしたりする子どもって、今ほど多くなかったはずだし、保健室だけでもその役割が十分果たせたの……かも知れない。
だけど、今はあくせくした世の中だから、パニクる人(大人も子どもも含めて)って増えている。だからこういったスペースって……必要だと思うんだよね。

まだまだこういった空間のある学校は少数派に過ぎないのかもしれないけれども、いずれ、どの学校にも「あって当然」なスペースになるといいな、って思っている。





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