私感・雑感
思ったことを思ったように書きます。
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paix31415

Author:paix31415
2008年秋に発達障害とわかり、以後色々と紆余曲折を経て、自らの障害を受容、肯定し、前向きに生きています。 発達障害のこと以外でも、世の中のこと、社会、平和、政治、家庭、人間関係、趣味や特技などなんでも広く考えたいと思います。

更新はなかなかできないかもしれませんが、徒然なるままに、それらのことを含めてときには恋愛話やエッチな話もアリ!?色々な私感・雑感を書いていきたいと思います。

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あせったこと

今日、雨の合間に近くのスーパーに自転車で買物に行った。

食材やら何やらで計1,746円の買い物をした。
財布の中の小銭は756円分で、1,000円札はなく、5,756円をレジに渡した。
お釣りは10円だったが、かごを台に置いて袋詰めする段になって
「あれ?4,000円……」と気が付いた。
本当に4,000円足りないのか?あるいは俺がどっかに落としたりしてないか?
店内のその数歩の床とか、店舗かご、あるいは自分の手、確めてみたが、やはりなかった。
5,000円札を渡したのは間違いない。
やはり4,000円足りない。

早速そのレジに行ってお釣りの少ないことを告げたが、
そのレジ担当はまだ大学1回生くらいの若い男性で、名札には「実習生」の表示。

数分後に彼の上司らしき女性が金額計算をして確かに4,000円のミスを確認、
お釣りの残りは無事戻ってきたんだが……
最近ちょっと注意力が低下しているのかな、普段ならお釣りを受け取った瞬間に
分るんだけど、レジがお釣りを間違えるはずがないと思い込んでいた、というか……先入観からか、
最近はろくに確めようとも思わなかった。
気が緩んだ頃にこれだ。

ちょっと……気をつけないといけないな、俺。

それから、レジ新人の彼が、決して凹んだり辞めたり、あるいはクビになったりしないでほしいとも思った。



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あわてたこと

ヘビーな記事が続いたのでちょっと日記っぽいことを……。

昨日、電車で帰宅途中に、えらい慌てた。

場所は阪急梅田駅なんだけど、週末の23時過ぎと言えば、残業だけじゃなく、結構飲み会帰りの人も多く、ターミナル駅だけあってそこそこ人が多い。

終バスに乗り遅れまいと、エスカレーターを急いで上っていたら、ちょうどその上りきったところ、というか……フラットな床面になったところに、人が1人、つまづいてこけたのだろう、倒れていた。

状況を把握してから一瞬のうちに行動しないと危険だ。ジャンプなんか思いつく暇がなかったし、仮に思いついたところで安全に飛び越せるほど跳力はない。横によけようにも後ろから人はどんどん来るし、かといってエスカレーターを逆走するのも後ろの人を混乱させる。そのおじさんには悪いが上にドサッと覆い被さる以外にとっさに方法が思い浮かばなかった。

いつもより疲労困憊していただけに、頭も回らなかったんだが……。

もしこけたんじゃなく、立ち止まっているんなら……どけ!とか大声で叫んでどかすか、後ろから蹴るかどつくかするんだが、こけた人つまり弱者の場合は……そんなことできっこないし、よけるのもままならない。

こういうとき、多くの人はどうするんだろう。

感情移入とぶれない主軸
……どうもここのところ、調子がよろしくない。
色々あってちょっと気力がダウンしてるみたいだ。
調子が悪いのは、僕自身が暑さに弱く、涼しい日々が続いたあとに気温が上がって少々バテ気味ということで、精神的な面のダメージも……大きいのだが。

もうひとつ、僕には大きな弱点がある。

よく色んな人から「優しい人だね」って言われるのは……褒めてもらえるのはありがたいんだけど……実はその裏返しで、どうしても他人のことを必要以上に気にし過ぎるふしがある。

心配性……な俺。

よく親から、あるいは人からも、「ひとの心配ばっかりしないで自分の心配したら?」って言われて育ってきたけど、確かに僕は自分のことは放ったらかしで人の心配をするたちだ。
だから、人が困っているのを見ると、不思議かも知れないけど、我が身が痛い。
人が悲しんでいるのを知ると、自分も悲しくなる。
人が喜んでいるのを見ると、自分も嬉しくなる。


人の心配をするのはある程度まではよしとしよう。
飽くまでも「ある程度」だ。
……というのは、どうも自分の「ゼロ百」思考は……こんなところにも出てきていて、感情移入が激しいというのか……完全に人の世界に没入してしまうことがしばしばあるからだ。

じゃあ、人の心配をしないようにすれば、とも思うんだけども、俺にはそれができない。
そうしようとすると、一切他人に関心を払わない、冷徹な人間になりそうで怖い。

調整能力のない俺。

ある意味で、自我が弱いのかも知れない。

気分が落ち込みそうになったり、あるいはハイになりそうになったとき、それを無理やり落ち着かせようと……試みるのは、結構エネルギーが要る。
……というか、消耗する。

そんなときにふと気が付いた。自分なりの省エネ?対処法(仮説)に。

但し過去何度も自殺願望に苦しめられた人はあまり参考にしない方がいいだろう。

それは……悲しかったらとことんまで悲しんだらいい。泣きたきゃ泣く。笑いたきゃ笑う。
落ち込むところまで落ち込む、あるいは盛り上がったらとことん盛り上がる……。
自分の気持ちに正面から向き合って、素直に自分の感情を認めてやることだ。
勿論一般社会で迷惑をかけない、というのが大前提なのは言うまでもないが。

ぶっちゃけ、こっちの方が楽といえば楽だ。

どんなに気分が上々でも、あるいはどん底まで落ちても、誰でも一定のキャパというか……限界点って、あると思うんだよな。
僕の場合、自殺願望はないし、どれだけ気分がハイになっても、躁状態になりそうならブレーキをかけることができる。

折角だからそのブレーキを使わせてもらって、つまり気分や感情の波に任せるということや、ときには溺れてもいいということも……これもありかも知れない。

心理学や精神医学の専門家からすれば必ずしも王道ではないかも知れないが、手っ取り早く見つかったのはこれだった。だから飽くまでも自分の中での仮説に過ぎないと括弧入りさせているのだが……。

それだけじゃない。

自分の中に、ブレーキ役としての、つまり「疑問を投げかける役目」としての「もう1人の自分」を造るほうが、「心配性な自分」をどうにかするよりも簡単にできそうだ。

神経質で心配性な自分、それは裏を返せば「人に優しくなれる自分」と肯定的にとらえて、こことも上手に付き合いながら、過度に心配性にならないようにブレーキをかける自分、これも少しづつ育てていけたらいいな、って思っている。

そうやって……少しづつ、自分なりの、確りした「ぶれない主軸」が大きく太くなっていけばいいな、って……思っている。

振り回されすぎない俺……に、一歩一歩、着実に近づいている感じがしてきてはいる。
でも自分というものに振り回されそうに……なりそうな気もしないわけではない。
そこんところの……どストライクなところに投げ切れていない感触もなきにしもあらずなんだが……。強いて言えばストライクゾーンぎりぎりな感じも……ほんのちょっと……してる。

でも今は気分はかなりすっきりしているから、これで良いのかもね。

自戒の念を込めて、ちょっと綴ってみた。


テーマ:わたしの心 - ジャンル:心と身体