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2011.07.19 ○△□
正面から見ると、○

横から見ると、△

上から見ると、□

……同じものでも、見る角度によって見え方はさまざまだ。
一面的な見方しかできないと、ややもするとその正体というか、本質を見失いがちかもしれない。

ものごとは、多面的なアプローチが必要なんじゃないだろうか、って……最近、思う。

それは、人に対する見方でも当てはまりそう。

よく、人の発言内容や行動パターン、思考様式を評して、
「あいつはドコドコに勤めているからなあ」
「あいつは公務員だからなあ」
「あいつは何々してたからなあ」
……と、思ったり言ったりすることが往々にしてあるように思う。

確かにそれはその人を評するときの、あるひとつの側面には違いないだろう。
だがしかし、ときに人は、あたかもそれが全てであるかのような勘違いに陥りやすいような気がする。
あるいは俺だけかも知れないが……。

確かに、特定の業界にはその業界特有の価値観とか礼儀作法、あるいは暗黙の了解みたいなのがあって、そこから遠退いてからも、ある意味で職業病が抜けないというのか、当分当時のクセが抜けなかったりすることもある。

あるいは、他にもその人の属性の一つに過ぎないものを取り出して、あたかもそれがその人の第一義的な大きな側面であるかのように思い込んでしまうと、人に対する見方を誤ることに繋がりかねない。

思うのは、人、という存在を、その人、というふうに捉えられるようにしたい、ということ。

例えば、自身の発達障害が発覚してからしばらくは、周囲の人々やテレビなどに出てくる一般視聴者に対しても、
あいつは発達障害がある、あいつは発達障害がない、とカテゴライズしようとしていた時期もあったりした。

でも、最近特に思うのは、まあ、今さらながら何を言うてんねん、って謗りを免れないと思うが……
当事者か否かなんてことの前に、まず大切なこと、それは

かけがえのない、その人、人間としてのその人、

……という見方、少し、自分の頭から、どこかに飛んで行きかけていた。

勿論確かに、発達障害の当事者には当事者ならではの特性や特徴、ないわけじゃない。
それも人により大きかったり小さかったり、あるいはスキルでカバーできてたりできてなかったり……。

でも、たったひとつ確実に言えること、それは、

この世にたったひとりしかいない、かけがえのない、あなたであり、わたしである、

ということ。

誰だってそう。
当事者かどうかなんて関係ない。

う~~ん、本当はだから、当事者も定型も関係なく、もっとみんな仲良くできたらな、いいんだけどな。

あるいはもっとグローバルに、肌の色が違おうが、国や言葉が違おうが……ね。

なかなか難しくっても、時代は少しづつでも、そう向かっている、と……思いたい、な。

自分自身への、戒めも込めて……。
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