2007.08.03 時代
巨星が四つ、

相次いで、

墜ちた。

率直に、そう感じた。

骨のある大物政治家、日本共産党を長年にわたって引っ張ってきた、宮本顕治氏。

勿論彼の果たした役割について、まるで認めない方もおられるだろうし、功罪半ばという方も、功あって罪なしという方もおられるだろう。

だがかつて、戦後の一時代に暴力革命的路線に走ろうとする政党を徹底的に平和政党たらしめ、そして革新上げ潮の一時代を作り上げ、京都に蜷川府政、大阪に黒田府政、東京に美濃部都政など、全国にさまざまな革新自治体を誕生させ、そしてその先進的施策をそれら自治体から全国に発信させていった、その大きな牽引力と功績は認めたい。

また、旧ソ連を初めとする社会主義諸国の横柄な干渉を跳ね返すその先頭に立った「不屈の人物」でもある。
今から19年前の暮れの、あの消費税導入が決められてしまった国会でも、あの高齢で長時間にわたる牛歩戦術に加わり、果敢に国民の利益を擁護して止まない姿勢には強く胸を打たれた。

今、日本共産党や社会民主党などの革新勢力はさほど大きくはないし、参院選でも前進の機会を逃してしまったという厳しい現実もある。

彼がもし元気で今も幹部ならどんな戦術や戦略をとっただろうか。

一つの大きな時代を象徴する人物の訃報に際し、なんというか、ある種の「時代の終焉」的感覚に襲われた。


その数日後、京大教育学部の教授をされていた河合隼雄氏が亡くなった。

勿論彼の広めた学問に対する功罪についても色々と議論もあろうかと思う。
だがしかし、夢判断や深層心理の分析の第一人者であるフロイトやユング、彼らの流れを汲む心理学者として、精神分析学というものを日本に紹介し、広め、普及させたその功績は大きいと思う。

勿論世代や年代によって違うが、私の世代では数学の森毅氏と並んで京大のその時代を象徴する学者だったと言って差し支えないと思う。
なにせ京大教育には「河合隼雄の講義を受けたい」と受験するものが多かったとも聞く。かく言う私もある意味そうだったから。
私は受験学力が不足していたために残念ながら京大には入学できなかったが、少なくとも私の受験勉強の大いなる原動力……進学校でないところから京大に受かってやるぞ!……の一つになったことには間違いない。

やはり、京大の一つの時代が終わった、という率直な感想を持った。


先日少し書いたが、参院選投票日の翌日、作家で「べ兵連」のリーダーでもあった小田実氏が亡くなった。
彼については「何でも見てやろう」「小田実の受験教育」などの著作を読んだことがある。

当時から平和と民主主義をこよなく愛し、暴力主義的左翼に嫌悪感を抱いていた私の中では、彼もその一派というイメージすらあった。
しかし時は流れ、1995年の阪神淡路大震災。
あのときあの瓦礫の中に自ら足を運び、被災者の生活支援に対して真剣に取り組み、活発に発言を続ける「物言う作家」「行動派作家」としての姿、言動や行いに心が動いた。
私の認識は変わった。

勿論市民運動や草の根の運動はまだまだ終わったわけではないのだが、大きなひとりの首領(ドン)が逝った、というのが正直な感想だ。


と、これを手直ししている最中に、彼もまた日本の歌謡曲の一時代を作ったと言える作詞家、阿久悠氏の訃報を聞いた。

多くの歌手に多数の詩を提供し、70年代から80年代にかけてのテレビ歌謡の一時期を制覇していた。
日本のポップス歌謡、アイドル歌手の黄金期の立役者といっても過言ではなかろう。


勿論、色々と政治的意見、思想信条の違いや学問論、文化論に違いがあるのは承知の上で、少し気持ちに整理がついたので書いてみた。
ひとそれぞれ意見もあるだろうから、決して押し付けるわけでも挑発するわけでもなく、また私が説得にかかろうとか、論破しようなどという気は毛頭ないことを明確に述べておく。

勿論、私がどんな政治思想、社会思想を持ち、ふだんどのように考えているのか、どこを応援しているのか、ここでは明確には記述していないまでも、長くおつきあいいただいている方ならとっくの昔にお見通しだろうから、敢えてここで明言することは避けたい。


人は死ぬ。いつか必ず死ぬ。これを読むあなたにも、そして私にも、必ず平等に訪れる。だから先に述べた方々とて永遠に生きているわけではないのだから、いつかそのときは来て当然なのだ。

しかし、惜しい方がこうも立て続けに逝去されると、なんだか……非常に寂しい……ものが……ある。

ご冥福をお祈り申しあげたい。


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