もうこんな時間帯なのに、外では一匹か二匹、蝉の声がする。
まるで、その短い地上生命を惜しむかのように。

私の住む所の近くでは、大体今くらいの時期からツクツクホウシの声が目立ってくる。昨日、今夏初めて聞いた。
カナカナ(蜩)は、残念ながら近辺ではあまり聞かない。ちょっと離れたところで、どちらかというと夕方、というイメージだ。たまに聞くと、夏の終わりが近いのを感じる。
クマゼミとアブラゼミの声にかき消されて殆ど気づかずにいたが、昨日、近所でミンミンゼミがたった一匹だが鳴いていた。

蝉の種類の違いは、樹種の違いからつまり植生の違いに起因するらしい。


ペルセウス座流星群、この辺は生憎とずっと曇り続きのため、観測はできずにあえなく撃沈*(涙)**(泣く)**(すっぱい)*

秋から冬にかけて、また好機がやってくるはず。もう一度挑戦だ*(グー)*

流れ星……学生時代にたった一度だけ、観ることができた。

学生寮に住んでいたのだが、秋には学園祭ならぬ「寮祭」なるイベントが行なわれていた。男子寮、女子寮合同で*(ハート6つ)**(はてな)*
前夜祭に始まり、演劇、運動会、映画上映会、料理教室、打ち上げコンパなどのイベントの中に、徹夜で歩き通すというものがあった。
夜10時くらいに出発して朝5時くらいに帰ってくるのだが、近くで少し広い観光スポット(河川敷など)で皆で温かい豚汁を囲んで、その前後にゲームをしたりキャンプファイヤーみたいにフォークダンスをしたりする。その行き帰りも全部徒歩。帰ってきたら、こんどはお汁粉が振舞われた。

その帰り道、未明に桂川の河川敷を歩いていると、南東の空にすーっと沈んでいく、明るさからすれば宵の明星くらいか、それ以上か*(星)*……キラキラと、瞬き、煌き、地平に沈んでいった流れ星がひとつ。


本当に平和な世の中だからこそ、これらのことにも考えが及ぶのかな……とも思う。

勿論世界が平和であること、これも大前提だが、己の心の内が荒んでしまうと、なかなかそんな余裕がなくなるようにも思う。

世界というか、世間、世の中が平和であることだけでなく、自分の心の平和ももっと見つめていきたい。

平和のありがたみを感じつつ、これからもずっと平和であってほしいと思うし、それを守り続け、更に発展させていきたい。

62回目の終戦記念日。
私は戦後生まれなので、戦争体験も被爆体験もない。テレビや映画、アニメ、本、その他色々なところから知る限りでイメージするだけだ。
そういう意味では、現実の戦争は知らない。平和憲法下の日本しか知らない。

日本に原爆投下したアメリカ、いまだかつて一度の謝罪もないそうだ。それどころか、アメリカでは「原爆の投下は正しい」と学校教育で教わっているせいか、そのような声が過半数だそうだ。

アジア諸国にさまざまな侵略と収奪を行なった日本、きちんとした言葉で明確に謝罪し、ちゃんと補償もするべきだと思う。

戦争のあった時代を私は体験していない。
でも、色んな方々からそれらの体験をしっかりと聴き、語り継ぐことはできると思う。

亡き父は、終戦直前には軍隊の訓練にかりだされていたらしい。
母は、疎開前は防空頭巾を被って壕に入ったこともあったらしい。

身近なところにも「体験」はあると思う。

近いところからこつこつと、自分の記憶の中に集めていきたい。




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