思ったことを思ったように書きます。

高校生の頃……

ところで、これまでここに書いてきた私の生い立ちの長文の中に、あまり他者との関わりについて触れられていないことを感じた人もいるかもしれない。
そう、どちらかと言えば、人づきあいの苦手な方だった。集団からはいつも一歩距離を置いていた。幼稚園時代はどうだったかよく覚えてはいないが、小学生時代も、そして中学生時代も……。

高校生の頃も、あまりクラスに馴染まなかったな。でも3年生の頃には、みんなと一緒に呑みに行ったりしていた。体育祭の打ち上げとか、卒業式の後とか。
全く友人がいなかったというわけではない。ごくごく少数の人とじっくり、という方だったと思う。また、どちらかといえば、孤独も平気だった、という感じもする。
でも今は……寂しがりやな私がいる。

なんとか無事公立高校に合格したときは、その直後はとりあえずホッとした。そして、「俺より上の高校に入った奴らを見返してやるぞ!!」と密かに決意したりした。
私の入学した高校はかつては名門と呼ばれていたらしいが、当時は進学実績は芳しくなく、先生方は伝統復活のために躍起になっておられた。

高校に入って間もない頃は、とにかく性欲を忘れたいがために、ギターと読書と勉強に打ち込んだ。珈琲のことも研究し始めた。

小学校高学年の頃に、シャーロック・ホームズに夢中になった時期があって、ホームズ探偵はモカが好きだったような描写があり、モカって本当に美味いのかな?っていう疑問から始まったように思う。
モカって、日本に入ってくる豆は最高の等級じゃないから、若干不純物(腐敗豆、未熟豆、小石、コッコと呼ばれる別の植物の種子など)が入ってる。それを丁寧な店はきちんとハンドピックで取り除いているんだけれども、ええ加減な店は取り除かずにそのまま焙煎してしまうから、異臭がする豆や粉を売ってる店は避けた方がいいだろう。

ギターは元々好きだったから、一生懸命没頭するのに動機付けなんかいらない。

読書は、これは本当に不純な動機で始めたのだが、多くの書物を読み進めることにより、現代文の読解力を上げたい、それがきっかけだった。
しかし実際に始めてみると、自分自身の興味の幅は予想以上に拡がって行き、それはさまざまな分野に及んでいった。
当時主として読んでいたのは、中・高生向けの、つまり思春期や青年期の心理学の本。何冊か読んでみると、「俺も将来こういった本を書けるようになれたらええなあ。」と単純に思った。そこで、心理学に対する関心が深まっていった。
もちろん、他の分野のものも貪欲に、手当たり次第、乱読・多読といったところか。西洋文学・評論・随筆・その他……。
比較的心に残っているのは、ビクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」、フランツ・カフカの「変身」、O・ヘンリの短編集、星新一短編集……。
日本文学特に純文学はどちらかといえば少し苦手だった。なんとなく「暗い」という先入観を持っていた。

河合隼雄氏の訃報の際にも書いたかと思うが、彼が研究室を構える京都大学教育学部への入学をとりあえず目標において、受験勉強においては力を注いだ。それくらいの高い目標を掲げないと、現役での国公立大学合格すらおぼつかない、と考えたためだ。
しかしそのためには膨大な努力を必要とすることはいうまでもない。当時日本で東大と京大はほぼ偏差値ランクは等しかった。学部によっては京大の方がより高い偏差値を必要とさえしていた。

京大を目標にしたのは、それ以外にも色々な理由があった。
当時抱いていたイメージが、東大=中央官僚直結、京大=自由なアカデミズム。その自由な学風で学びたい、という欲求があった。
また、自宅から通学可能な距離、という条件もあった。遠いけれども。

そしてもう1つは……京都、という街に対する憧れ、のようなものがあった。
かつては市電と呼ばれた電車が走り、春は桜が、晩秋は紅葉が、そしてそれ以外の季節でも葵祭、夏の祇園祭、五山の送り火、秋の時代祭、大晦日~元日はおけら詣り、と四季折々の表情があり、古寺巡礼も、名所探訪も事欠かない、そして瓦屋根の連なる美しい街並み……そんな京都が好きだった。高校時代は梅田に行くよりも頻繁に行った。
しかし残念ながら、80年代の市政で財界べったりの政策の一環として取られた「高さ規制緩和」により、あちこちに「のっぽビル」が林立し、旧き良き街並みは……若干変化してしまう。
その最たるものが京都駅ビルだろう。
数年前に、駅ビルが完成してから初めて京都を訪れたときに……「なんやこれ!?鉄のカーテンかぁ!?それともベルリンの壁かぁ!?」って感じた。
……今になってから、建築物の規制を強化してきたけれども、だったらあのときにやってへんかったらええんちゃうん??ああ!?……って、思ってしまう。
だがしかし、これもまた民衆の声が政治に反映されてきているとみれば、今後のまちづくりに少しは期待してもいいだろう……ね。

今でも京都は好きな街である。

丸竹夷二押御池、姉三六角蛸錦……

前に日記に書いたように、中学時代には数学は全く不得意、英語だけが得意科目だった。
とにかく数学を克服しないと、共通一次も二次試験もどうにもならない。家庭学習の殆どの時間は数学?の予復習に費やされ、英語や古典の予復習の時間は殆ど取れなかった。
初めての中間テスト、数学は2つあってそれぞれ17/100点、27/100点という素晴らしい?点数を取った。解答用紙の多くを空白で提出してしまった。

自分には基礎が備わっていないのだから、と考え、恥ずかしいことではあったが、高1の夏休み中に、中学3年間分の教科書をもう一度引っぱり出してきて、全て重要項目を総復習した。

ようやく2学期以降、数学はほぼ安定して得点を叩きだせる科目になり、また中学時代に大いに苦しめられた、グラフと交点の関係や、展開公式を二次式にあっては長方形の面積で、三次式にあっては立体の体積と結びつけて理解ができ、わからなかったことがわかって、できなかったことができるようになる楽しさ、というのが理解できた。

嬉しかった。

高1の頃、好きだった女性は……意中の人がいるみたいだったので、言い出せずに終わった。
高2の頃好きだった人は……少し変わった人だったが、なぜか軽いノリでつきあおうと言ってしまった。一瞬快諾をしてもらったが、学年末試験のバタバタの中で結局これはウヤムヤに終わった。
高3のときに好きだった人は……当時私はある学校外の有志の活動にのめりこんでいて、そこの先輩だった。某旧制帝大の学生だった。結局浪人時代も含めて2年間この人を好きだったけれども、この恋もかなわずじまい。でもなぜか、結婚しましょう、なんて言ってたな。

純粋な恋愛と純粋な性欲の乖離が自分自身の中で一向に進まないことに苛立ちを感じてはいたが、やがてそれは決して分離するべきものでもなく、また自分自身の恋愛観の未熟さによるものでもあると気付いた。だがしかし、それをより高い形へと昇華できてもいなかったので、やはり襲い来る射精欲と形容して差し支えないであろうところの、下半身にくる疼きのようなものに絶えず苦しめられていた。特に高1の頃は。
1度、どれだけ我慢できるか試してもみたくなって、挑戦したが……1週間が限界だった。当初の2日くらいは地獄で……3日目くらいからは平穏に過ごせるのだが……その後6~7日目くらいの大きな波は返すことが出来なかった。射精という行為に常に罪悪感がつきまとっていたのは最初の1年間くらいだけれども、無理に我慢に我慢を重ねて発狂するよりはマシか、と開き直って考えられるようになるのは高2以降まで待たねばならなかった。

丁度この頃から、学校をちょくちょくサボりだす。
高1までは遅刻4回で済んだのだが、高2のときに、学校をサボリがちな同級生がいて、そいつはどんな気持ちなのか知りたくて、というか体験したくて、試しにサボってみた。
あほな俺。そんなんせんでええのに。
あんまり良い気持ちではなかったが、それ以来付いてしまったサボリ癖、高校卒業時にも苦しめられるとは予想だにしていなかった。

授業をサボるものだから、だんだんと学力が低下していったし、今度はそれを補うためにますます家での学習時間が増大、そしてなかなか朝起きられない、という悪循環、負のスパイラルに陥っていった。

2年、3年とついてしまった悪習慣のために、一時期は「退学して大検で」ともマジで考えてはみた。
しかし、それを実行しようとすれば、大学入試で選択しない科目(物理や生物、日本史や地理)にも手を広げなければならず、結局、より負担の少ない方法を選ぶとすれば、高校に通い続けることだろう、と考えて思い直した。3年生のときは、2学期終了時点で、もうあと1回の遅刻も許されないという、いってみればリーチだった。
3学期の授業なんて殆どない。共通一次が終わってすぐ「自主学習」に入ったから、言ってみれば1ヶ月だけだ。さすがにこの一月だけは皆勤だった。で、なんとか3年で卒業した。

体育の授業のサボリにはやたら厳しい学校で、特に水泳はそうだった。1回さぼると、25m×12本、これが1回あたりのノルマだった。夏休み前の、つまり試験休みか、その期間中に休んだ回数のノルマをこなさないと単位がなかった。このときの、いわば「救済措置」ともいえる補習で、なぜか水泳が好きになった。
当時はまだクロールしかろくにできなかったが、周囲の同級生たちは私が運動が不得手と知っているものだから、「やったら速いなあ!!」と驚いていたためだろう。前を泳ぐ同級生たちにいつもぶつかってしまってたな……。
おいおい、ちゃんと加減せえよ。

高校生の頃から、父と仲が悪くなる。結局きちんと和解できないままにあの世へと旅立ってしまうのだったが、このことは今でも後悔している、というか、悔やんでも悔やみきれない……。




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Author:paix31415
2008年秋に発達障害とわかり、以後色々と紆余曲折を経て、自らの障害を受容、肯定し、前向きに生きています。 発達障害のこと以外でも、世の中のこと、社会、平和、政治、家庭、人間関係、趣味や特技などなんでも広く考えたいと思います。

更新はなかなかできないかもしれませんが、徒然なるままに、それらのことを含めてときには恋愛話やエッチな話もアリ!?色々な私感・雑感を書いていきたいと思います。

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