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2010.12.14 優しさ探し
俺はよく、人から「優しいね」「優しい人だね」って言われる。
俺はいつも、人には優しく、って思っているから、そう言われてありがたく思わないはずはない。

……じゃあ、自分にはどうなんだろう。

以前の俺は、人には優しく、自分には厳しくありたいと思っていた。
でも、それがいつしか、人にも自分にも厳しくなったり、人に厳しく自分に甘くなったり、も、した。
今は……多分、基本、人に優しく自分にも優しい……みたいな気がする。
人に優しいのは、まあ、よしとしてもだ、問題は、自分に対すること。

自分に厳しく……できていないし、自分に優しくしていて、ときとしてそれが甘えに繋がってしまっている感じもする。

それがきっと、自分の中の闇の部分を顕在化しちまったんだろうな、うん。

何でも勘でも許してやればいいというものではない。

最近、自分の中での内面的変化として、かつて憎んでいた人たちや、否定的感情を持っていた人たちを、
次から次へと……許す、というか、もうええやん、だって人間やねんから、と思うようになってきていた。

それが自分自身の中で、すうっと、氷が解けたような気持ちがして、なんだか爽快な気分になっていた。

ところが今度はその反動というか、連鎖反応というか、なぜか次の「優しさ」の向かう標的が、自分自身に向かってしまったもんだから全く質が悪い。

色々な理由付けをしては自分自身の悪すらを許そうといやいや言い訳をしては免罪しようとする自分がいるのを発見して、ほとほと呆れてしまっている。

そういう中で先刻書いたような負の側面が表面化してしまい、著しい混乱を招いたようだ。

そこで俺はある勝手なひとつの仮説を立てた。
「優しさ飽和状態」説。何だそりゃ。

つまり、その人の持てる「優しさ」には10なら10の限度があるけど、その人の心の状態や努力、あるいは置かれた社会的状況によって変化していき、そのときの「優しさ」カードを使う場面は正しくセグメントしないといけないんじゃないか、ということだ。

例えば今俺が10枚のカードを持っていて、その5枚を使ったと。残り5枚を使うべき人が本来なら居て然るべきなんだけど、その対象がいないと行き場を失ったカードが自分に返ってきて、つまり自分に優し過ぎるようになってしまうのではないかと……思ったりしている。

で、置かれた社会的状況、例えば大変残業も多くて高ストレスな仕事に就いているとき、カードは何枚か失われて5枚になってしまったと。
しんどいときにはどうしても俺は自分に甘くなり、人のことを顧みる余裕がなくなる。これは5枚のうち例えば4枚を自分に使ってしまうからだったりするのではないかな、って感じ。

人は社会的動物であるとよく言われる。今まだ就労できていない現状で、つまり社会との接触がやや少ない状況にあるから、きっと優しさの使い方のバランスが悪くなってしまい、それが先刻書いたような混乱の一因になっているような気がする。

社会復帰したい。働きたい。いつまでもこんな生活を続ける気もない。働いてさえいれば、ほどほどに忙しくさえしていれば、先の混乱も起こらなかったような気もする。

ま、どのみち年末だしばたばたするから多分直ぐにこの混乱も消えるような気もする。

ただ、もう一度社会復帰するまでには、俺自身はもう少し助走期間も必要かも知れない。

タッタカタッタカタ~って、ね。

大丈夫、直ぐに元気になれるさ!




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